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2007年10月13日 (土)

12音と7色

ブルーバックスの小方厚著「音律と音階」を読んでいます。ピタゴラス音律、純正調、ウェルテンペラメント、平均律などの関係がとてもわかりやすく書いてあります。バッハの平均律曲集が平均律を確立したように思っていましたが、あれはウェルテンペラメントであって、平均律ではないんですね。

虹の色は7色と云われていますが、実際には虹からのスペクトルは連続的で日本では7色に分けるが、国によっては必ずしも7つに分けているわけではない、という話はよく知られています。考えてみると音のスペクトルも連続的なのに人間が勝手に12音に分けているわけです。といっても7色とちょっと違うのは、決め方の源流であるピタゴラス音階からして、Cを基本とすれば、Cと重ねて出して和音としてよく調和する音、ということで選ばれているので色の分け方よりは任意性が低いと言えます。それでもピタゴラスのコンマの問題(3倍音の倍音を元の1オクターブの中に入れるようにするために2^nで割る、というやり方で音を作っていくと「シ」がオクターブ上の「ド」に近すぎて「5度円」上で360度にうまく収まりきらない)があり、転調の問題もあって、平均律が産み出されるまでに紆余曲折がありました。12音は妥協の産物とはいえやはりもっとも自然のようですね。16音律、17音律などがあること、民族音楽では各民族によって固有の音律を持っていることも改めて認識されました。

自然が数学によって物理学を通してこれほど正確に表現されるという事実を考えると、音楽の構造というものがそれほど数学できれいには割り切れない、ということになんとなく割り切れなさを感じました。まあ、そうなんだからしょうがない、ということでしょうか。

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2007年10月 5日 (金)

永井隆博士からの手紙

 去る八月二十二日の朝日新聞夕刊に「長崎からの手紙、次代へ」という記事が掲載され、ご覧になった方も多いと思います。昭和二十四年二月、ある町の小学校の生徒達が長崎の自宅で療養中の永井隆博士に手紙を書き、その手紙に永井博士が応えて送った返事でした。永井博士といえば、「この子を残して」や映画化された「長崎の鐘」などを通して私どもの年代にはなじみ深く、記憶に強く残っておられる方も多いと思います。それから六十年近くも経過した今、その手紙を長く保存しておられた方は既に亡くなり、夫人の上村三枝子さんがその手紙を多くの人に読んでほしいという願いで公表されたもののようです。朝日新聞に載っていたのは「抜粋」とあったので、是非全文を読みたいと、朝日新聞を通して上村さんにお願いしたところ、早速コピーに手紙を添えて送って下さいました。コピーとはいえ、初めて見る博士の直筆ということもあって、感銘深く読みました。上村さんは『「汝ら互いに相愛すべし」とは神のさだめた規則であります。』という文が新聞では削られてしまっていたことを嘆いておられました。日本の新聞には「神」は受け入れられないのでしょうか。永井博士に手紙を送ったのは長野県木曽郡の子どもたちだったことも上村さんの御住所から分かりました。以下に手紙全文を転載します。なお、参考までに、新聞では割愛されていた部分を括弧で示しました。

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 福島小学校のみなさま

 六年い組のみなさまから(真心のこもった)お手紙をどっさり頂いてよろこびました。私達三人の父子は幸福に暮らしておりますから、よろこんで下さい。
 人間どうしは相愛し合ってゆきさえすれば幸福になれます。
 (たといどんなに貧しくても愛し愛されておることをはっきり知っておれる状態にあると全く幸福です。)
 人間どうしは相憎み(相)争ってゆきますと、(いくら自分の要求が通っても心が落ち着かず)いつまでも不安です。
 世界がいま二つに分かれているとよく云われます。争いによって公平な分配をしようとするか、愛によって公平な分配をしようとするか---相手をみたらすぐ目を怒らし議論をするか、相手をみたらすぐにっこりしていたわるか---。
 この二つのやり方のどちらをあなたは好きますか?
 (きっと愛の組でしょうね。なぜならこうしてやさしい手紙を私たち南の港の者に書いて下さったのですもの。
「なんじら互いに相愛すべし」とは神のさだめた規則であります。)
 どうか、あなたの町で、(あなたがたはみな)愛の天使として貧しい人、かなしんでいる人、困っている人、病気している人、旅の人、さみしがっている子に小い愛の言葉をかけるように努めて下さい。
                          一九四九年二月二八日
                      長崎市上野町三七番 永井 隆
 福島小学校のみなさま
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